つい最近、とある方の配信を聞いていて、わたしにはよく分からなかったことがあったんです。
ビジネスというジャンルに立つ人の話でしたが、『ビジネスにおける』という前段階がない状態での話で
いや、もしかしたらその方からすれば、こういう場で話しているんだから当然ビジネスの話でしょ、と思うかもしれませんが、言葉って詳しく話さないと、聞き手によってはあれこれ想像できちゃいますよね。
そこで、他責思考と自責思考の話があり
自分の人生、嬉しいことも苦しいことも、全て自分の責任だ。
という言葉があって。
でもそれってどうなんだろうって、1人で考えてたんです。
どうしようもないこともある。
苦しいことも、もちろん自分の責任な時もあるけれど
そうでない時だってある。誰しも。
自分の決断、他人からの影響
色んな要因があって、その道を辿ってしまうこともあると感じるんです。
それを自分の責任だと言い切られてしまうと、途端に全ての1つの決断ともいえない行動すらも、プレッシャーに感じてしまって。
嫌な方にいってしまったらどうしよう。
失敗したらどうしよう。
そんな時にYouTubeの切り抜きで、芦田愛菜ちゃんの言葉が出てきたんです。
行動を起こした後は、結果は決まっているんだから
後はなるようにしかならないと思うようにしている
自分に人生の最終決定権があると思ってしまうと
上手くいかなかったときに自分を責めてしまって
辛くなったり、後悔してしまうことがあると思うので
結果は決まっていて、自分はそこに行くための
方法を選んだだけなんだって
そう思えればちょっと納得できるかなって、思ったりします
ある種、自分を救うための言葉みたいな感じですが
そういう構えでもいいな~って思ったんですよね。
なるようにしかならないんだからって。
もうアラサーのとっくにいい年した大人ですが
わたしは、軽やかな大人になりたいと思うんです。
風に吹かれてふわふわ揺れるけど、ちゃんと立ってるような。
人それぞれ、体験したことだったり周りの人の影響で、つくりあげられていく自分があるけど
その『周り』を、わたしの場合はもっと拡げて
自分という人間を客観視できるようになるのが、今後の目標です٩( •̀ω•́ )ﻭ
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